セカガミ

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国立ハンセン病資料館に成人女性1人で行ってみた

先日国立ハンセン病資料館へ行ってきました

名前は聞いたことあったのですがハンセン病について何も知らなかったので今回行ってみることにしました。

 

カレンダーを見てやってることを確認して行ったが、

門が閉まってる⁉

 

慌ててもう一度カレンダーを確認するとなんと、、、

4月のカレンダーを見てました!

(10月某日の月曜に行こうとしてたのですが、4月のその日は休みではなかったので安心しきってました…以後気を付けます…)

 

 

というわけで再び別日に行きました

 

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国立ハンセン病資料館

(↑休みだった日に写真だけ撮って帰りました)

 

 

 

そもそもハンセン病とは

 

 らい菌という細菌による慢性的な感染症です。

 

らい菌の増殖速度は非常に遅く、潜伏期間は約5年ですが、20年もかかって症状が進む場合もあります。最初の兆候は皮膚にできる斑点で、患部の感覚喪失を伴います。感染経路はまだはっきりとはわかっておらず、治療を受けていない患者との頻繁な接触により、鼻や口からの飛沫を介し感染するものと考えられていますが、ハンセン病の感染力は弱く、ほとんどの人は自然の免疫があります。そのためハンセン病は、“最も感染力の弱い感染病”とも言われています。

(引用元:https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/leprosy/about

 

 展示ではこれらの歴史などにも触れているので後述します。

 

 

 

雨の日だったが…

 

ということできちんと開館していることを確認し中へ。

 

自動ドアを抜けると左側に受付があり係の方が、

「見学の方ですか?」

と話しかけてくれ、受付用紙に記入。

資料をたくさんいただき、まっすぐ進む。

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1階の奥に少し展示物がありました

この展示物の近くに階段があり、2階へ進むと展示室が現れます。

展示室では写真は厳禁でした。

 

展示室は1から3まであり、それぞれにテーマがあります。

 

 

展示室1 歴史展示

 まず最初に目に入るのがハンセン病の概要でした。

 

どのようなものなのか

どのように発症するのか

症例や治療法

差別的なことが起こってしまった経緯  など

 

 明治以前まで治療法がわかっていなかったために人々の間で「ハンセン病はうつる」と誤った考えをしてしまい、

大正からは感染した人を強制的に療養所に入所させて隔離したりと、とても残酷な偏見がありました。(療養所は○○園という名前が多いので園内という言葉がよく使われます)

 

その後第二次戦争が起こったりし、ますます白い目に追われてしまいましたが、

昭和20年以降治療法ができたりしたことで、患者さんの意識が変わりました。

 

完治した若者たちが社会復帰する中で、

高齢であったりや後遺症による身体障害があったり、身寄りがない回復者には

社会の受け入れ体制の不備がありました。そこで、

 

「園内で一生を終える覚悟はあった。

 だからこそ園内を暮らしやすくし、自分たちを歴史に残す必要になった」

 

と立ちあがりました。

 そして、その後立ち上がった人々の努力が実を結び、状況が変わり始めました。

 

 

時系列でどのように被害者たちが法律や偏見に立ち向かっていったのか書かれていたのと、

子供たち用のやさしい言葉で紹介された資料もありました。

 

 

展示室2 癩療養所

ここでは実際に療養所や園内で実際に使われていたものがたくさん展示されていました。

というのも、当時感染力があると偏見があったために、看護師などのほかに

医療以外の療養所での生活に必要なことはすべて自分たちでやらなければなりませんでした。

 

入所する際に消毒して白くなってしまった着物や私物、食器などのほかにも

美容師が来ないので自分たちが使うはさみ、

自分たちが食べるために使う農作業用品なども展示されていました。

また隔離により園からは出られないので園内には自分たちが運営する学校や売店、神社いろんな設備ありました。

 

また療養所に文句を言ったり、仕事を休んでしまうと

さらにひどい仕打ちをうける重監房がありました。

 

 ここは先ほどの展示室1よりさらに残酷であったことを物語っていました。

1人で行ったことを少し後悔するほど怖かったですが、

このタイミングで団体さんがいらっしゃったのでだいぶ助かりました。

 

 

展示室3 生き抜いた証

 ここでは過酷な環境でも賢明に生きた患者、回復者たちの姿が現れていました。

 

平成8年まで存在した「らい予防法」という不平等な法律に対して反対運動したときに使われた服や資料がありました。

 

さらに後遺症の方が生活しやすくするための道具や、芸術品などの作品が展示されていました。

 

例えば、指が麻痺してしまった人がシャツのボタンをかけやすくするためのボタンかけを体験できるところがありました。

鉛筆サイズの手芸針のようなもので、輪っか上のところにボタンをひっかけ穴に通すという仕組みで細かい作業を賢く簡単にしてくれるものでした。

 

芸術品は陶芸品が多く飾られていた印象でした。

はっきり言って素人の私は陶芸の展示会かと思うほどの量と質でした。

ほかにも小説や手芸品などあり、3つある中で1番明るい印象のある展示室でした。

 

 

 

行ってみて思ったこと

 

実際に見学してて私はアンネフランクの日記を思い出してしまいました。

偏見や差別などで行われていたことは異なっても、

非常に残酷なことには間違いないです。

 

特に展示室2で展示されていたものは怖かったです。

展示室3のクッションがないと帰宅中ずっとおびえていたと思います。

 

当時の偏見の残酷さを感じるには怖さも必要かもしれませんが、

それよりもこのようなことがあったと少しでも知ることができたと私は思えていい機会を与えてくれる場だと感じました。

 

 

皆さんも休館日には気を付けて見学してみてほしいです!

 

 

 

国立ハンセン病資料館

東京都東村山市青葉町4-1-13

 

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www.hansen-dis.jp

 

 

 

 

 

 

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